ヒロの日記

備忘録
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認知症 −頭はぼけても、感情だけは残像のように残る−
JUGEMテーマ:モチベーション
 

認知症の人は、自分が話したり、聞いたり、行動したことは、すぐに忘れてしまいます。

しかし、感情の世界は、一度目にした光景が残像のようにしっかりと残り、本人がその時いだいた感情は長期間続きます。

これを「感情残像の法則」といいます。

やっかいなのは、楽しい出来事はすぐ忘れても、嫌な思いをしたという感情だけはいつまでも残ることです。

気をつけたいのは、次のようなケースです。

家族は、例えばお年寄りが認知症になったと知ったとき、最初のうち「とまどい・否定」「混乱・怒り・拒絶」といった心理に陥ります。

そのため、少しでも認知症を軽くしたいと思い、お年寄りに対してイロイロ教え込もうとしたり、説明をしたり、注意したりしかったりします。

しかし、このような努力はほとんどの場合、功を奏しないばかりか、かえって症状を悪化させてしまいます。

たとえば、家族が「不潔にして病気になるといけないから、お風呂に入りましょう」とか

「寝たきりにならないよう、リハビリをしましょう」と呼びかけたとします。

しかし、どんなに優しく言っても、「うるさい」「余計なお世話だ」と怒り出すお年寄りが多いのは何故でしょうか。

家族は、お年寄りのためを思っていっているのに、なぜ怒るのかわからずにとまどいますが、

しかしお年寄りにしてみれば、自分が「不潔」とか「寝たきり」と言われたことのみが”嫌な感情”として残り、言った相手を、うるさい人、嫌なことを言う人、怖い人と捉えてしまうのです。

そのため介護はますます難しくなってしまいます。

認知症の人は、記憶などの知的機能の低下によって、一般常識が通用する”理性の世界”から出てしまって、”感情が支配する世界”に住んでいると考えれば、こうしたこともよく理解できます。

弱肉強食の世界にいる動物たちは、相手が敵か味方か、安心して気を許せる対象か否かを速やかに判断し、感情として表現します。

認知症の人も、実は同じような状況におかれているのです。安全で友好的な世界から抜け出てしまった認知症の人は、感情研ぎ澄まして生きざるを得ないのです

ただし、残るのは悪い感情ばかりではありません。「よい」感情も残るのです。ですから介護者は、お年寄りにはよい感情を残すように接することが大切です。

<対応のポイント>

認知症の人は、介護者の気持ちを映す鏡のような存在です。

つまり介護者がイライラして接すれば、お年寄りの気持ちも不安定になります。

逆にお年寄りの気持ちを理解し、認め、優しく接すれば、お年寄りのほうも症状が治まり、穏やかな表情になっていきます。

周囲の人は本人ができるだけ穏やかな気持ちになれるよう、心からの同情の気持ちで接することが必要です。

つまり、認知症の人を介護するときには「説得よりも同情」なのです。

そうはいっても、介護の毎日は大変です。いつもニコニコと親切に、良い顔ばかりできるわけがありません。

演技でもいいのです。

介護が大変な時期ほど、苦労を少しでも軽くしたいと思うなら、認知症の人によい感情を残すように暖かく接することがポイントです。

認知症の人によい感情を残すためのポイントは3つあります。

☆最初にほめたり感謝する言葉を

こんな例を見てみましょう。認知症のお年寄りが、まだ濡れている洗濯物を取り込んでしまったとします。

あなたならどう言いますか?

「まだ乾いていないのに、お母さん、どうして分からないの!余計なことをして」

でしょうか。それとも、

「まあ、お母さん。手伝ってくれてありがとう。後は私がやりますから、休んでいてください」

でしょうか。

言い方しだいで、その後の介護が難しくもなれば、楽にもなるのです。

☆同情や共感を示す

財布がなくなったと騒いだり、お前が盗んだと疑ったりする認知症の人には、まず、

「なくなったの?それは大変ね。困ったね」と相手に気持ちになって声をかけてあげます。

一緒に探してあげて、それが見つかったときは「良かったね」といえば、症状は次第に落ち着いてきます。

☆あやまる

ごめんなさい。今食事を用意していますからね」

ごめんね。オムツを取り替えましょうね」

お年寄りが不安に感じているときこそ、このように、先に謝りながらやれば、スムーズな対応ができます。

最初のうちは難しいかもしれませんが、

「どうもありがとう」「助かるわ」「それは大変ね」「それはよかったね」「ごめんなさい」といった言葉が

自然に出てくるようになれば、上手な介護ができているといえるでしょう。
22:49 | 高次脳機能 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark
認知症 −より身近な人に対してより強い症状を見せる−
JUGEMテーマ:モチベーション
認知症のことについて勉強する機会がありました。

勉強したことについてちょくちょくUPしていこうと思います。
 


この本で

知れば介護が楽になる
「認知症をよく理解するための8大法則・1原則」

というものが紹介されています。

その中の第2法則に「症状の出現強度の関する法則」というものがあります。

より身近な人に対してより強い症状をみせる、というものです。

認知症の症状は、相手が身近な人であればあるほどより強く出る、という特徴があります。

つまり、日夜大変な苦労をしながら介護をしている家族に対して、最も強い症状をあらわすわけです。

この「出現強度の法則」が理解できていないと、介護者と周囲の人たちの間で、認知症の症状の理解に大きな差ができてしまいます。

多くの家庭で発生しているのが、次のような問題です。

「一所懸命お世話しているのに、おかあさん(義母)は感謝してくれるどころか、私のことを泥棒といったりする」

と、お嫁さんが辛い思いをし、悔し涙を流して訴えても、一緒に暮らしていないほかの家族(夫の兄弟姉妹など)は実態を知らないため、

「大げさすぎる」

と言ってお嫁さんの苦労に感謝しないばかりか、むしろ「親を悪く言われた」と非難するといったケースです。

認知症の人は、何故このような「いじわる」ともとれる行動をとるのでしょうか。なぜ、認知症の症状が身近な人であればあるほどより強く出るのでしょうか。

可能性として考えられるのは、お年よりは認知症になると”子供返り”をするのではないか、ということです。

子供はいつも世話をしてくれる母親に対して甘えたり、わがままを言って困らせます。ところが、よその人には意外にしっかりした態度をとるものです。

母親をもっとも身近に感じ、信頼しているからこそ、わがままが出るのです。

認知症の人も、いつも近くにいて介護をしてくれる人を一番頼りにしているからこそ、症状を強く出すのではないかと考えられるのです。

<対応のポイント>

「症状の出現強度に関する法則」を知ることは、特に介護者の周囲にいる人にとって重要です。

「おばあちゃんは、ずいぶんしっかりしていますよ。そんなにボケてないじゃないですか」

周囲の人が、励ますつもりでかけたこんな言葉が、かえって介護者の気持ちを傷つけることもあるのです。


22:40 | 高次脳機能 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark
社会に戻ったから良くなる

久々の更新になってしまいました


総合リハビリテーション2009、6月号の巻頭言に

橋本圭司Dr.のコメントがありました。

良くなったら社会に戻るのではなく、
社会に戻ったから良くなる

というものです。

この人です


高次脳機能に関する書籍を多数執筆しています。



いやぁ、なかなか示唆に富むいい話でしたよ☆



 昨年、日本中が熱狂した北京パラリンピックで、私が主治医である競輪選手の石井雅史さんが、自転車競技1kmタイムトライアルで1分8秒771の世界新記録をマークして、日本人選手として同大会最初の金メダリストに輝いた。


 金メダル獲得の晩、私がテレビを見ていると見覚えのあるお顔を発見した。
 なんと、石井さんの奥様が特番に生出演しているではないか。
 そして中継では、石井選手自身の姿も。
 今大会は、事故後、始めて石井さんのお父様が試合を観戦に来てくださった、とのエピソードも聞かせていただいた。
 はしゃぎながら画面を見つめ、ただの1ファンと化していた私が、その時見たのは、車輪の両輪か前輪後輪のようにお互いを支えあい、認め合い、そして、まとまりのある1台の車として走り出した石井さんの家族の団結した姿である。


 石井さんは、2001年7月16日、自宅近辺の山中にてロードワーク中に乗用車と正面衝突し、びまん性軸索損傷を受傷した。
 後遺症として、
  左下肢の失調と
  易疲労性、
  発動性の低下、
  注意障害、
  記憶障害、
  遂行機能障害など
  の高次脳機能障害
が残存した。
 当初は、疲れやすく、目もうつろな状態で、少し前に言ったこともすぐ忘れ、あれをやれ、これをやれといったところで、何事も長続きしない状態であった。


 外来診療も手詰まりになりつつあったある日、石井さんが私に一言
 「他に何もしたくないけど、自転車だったら触ってもいいな…」
 とつぶやいた。
 消え入るような声だったため
 「何だって?」
 と問い返した。
 「だから自転車だったら今日からでも家で触ってみようかと思います」。
 この一言が、まさに彼の、そして彼の家族の進むべき長い道のスタートであった。
 その後の彼の目覚しい回復と数々の輝かしい戦歴は、誰もが知るところである。


 北京パラリンピックでの活躍の陰には、いくつかの高次脳機能障害による後遺症が陰を落としている。
 銀メダルに終わったロードタイムトライアルでは、彼は「残り4週のプラカード」を見落としている。
 もう1週あると思ったときにはレースは終了していた、とのことである。
 また、金メダルを獲得した1kmタイムトライアルの当日も、会場入りするために携帯必須である選手証をホテルに忘れるという失敗も経験したそうである。
 これらの症状は、注意障害や記憶障害といった高次脳機能障害の症状に合致する。
 神経心理学的検査を実施すると、彼は今でもそれなりに重い記憶障害として診断される。


 しかし、彼は確実によくなっている。その表情、振る舞い、他の当事者に及ぼす影響力、どれ一つ取ってみても彼は本当によくなった。
 しかし、神経心理学的検査の結果は、今でも彼を障害者として押しとどめようとする。


 高次脳機能障害に関わらず、患者は障害をすべて克服して完治して社会に戻りたがる。
 しかし多くの場合、その順番が逆に成っていることを多く経験する。
 石井さんは決して、高次脳機能障害や身体障害が完治して社会復帰したわけではない。
 しかし、一歩足を前に出し、ペダルを踏み始めてからの回復には目を見張るものがあった。


 そんな時、こう思う。
 患者は良くなったから社会に戻るのではなく、社会に戻ったから良くなるのではないだろうかと。


 先日、高次脳機能障害を抱えた別の若者から、銀座で古典を開くという知らせが届いた。
 彼は以前、お母様とともに私の書籍のイラストや拍子のデザインも担当してくれた才能あるアーティストである。
 さあ、祝おうではないか、また別の新しい希望ある美しい舟の船出を。


23:16 | 高次脳機能 | comments(7) | trackbacks(0) | pookmark

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